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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題・蔵人のないしょ話・蔵からのメッセージなど、エッセイ風に皆様にお届けしていきます。
その四十八(2004年6月1日)

▲綿毛のような穂が揺れるワタスゲ

 ガーデニングブームの一方で、このところ密かに人気が高まっている山野草。茶花に通じる奥ゆかしい風情は、まさに「なごみ」という表現がよく似合う。
 保存地区を歩くたびに、いつも気になっていたのが、実はそんな季節の草花たち。各家のおかみさんたちが思い思いに活けこんだ和のグリーンが、あっちでもこっちでもと町家の軒先を飾っているのである。これはまさしく古い町並みと自然との粋なコラボレーション! 勝山の女性たち、実は暮らしを美しく演出する達人たちでもあるのです。

 保存地区の商店の中でも、とりわけ美しいファサードで目をひくのが、勝山銘菓「酒まんじゅう」の製造元でも知られる前田製菓。
 店先のロックガーデン風に仕立てた小さな庭をみれば、年季の入った愛好家の作品とひと目でわかる。
山野草に親しんで12年。ご本人である前田好江さんに、さっそく自慢の草花を拝見させていただくことにした。

▲前田製菓の店先。藍ののれんと山野草の緑が美しい

 以前にも紹介したが、保存地区は町の西側を岡山県の三大河川のひとつである旭川が流れ、東側に通りと並行して家々の敷地内に用水が通っている。この「もうひとつの川」は表からはわかりにくいが、小さな路地の奥や家の裏手に進むと、ちゃんと生活の中で機能しているのがわかる。まるで別の隠し扉を開けるように、そこに意外な風景を発見できたりするのだ。
 前田さんのお宅もいったん裏に回ると、表とは違う景色が開け、まるで山居のようなたたずまいに驚かされる。つきあたりに新緑の太鼓山がせまり、その麓を用水が流れる。せせらぎの音と、ときおりすーっと駆け抜ける細い風が心地よく、夏はホタルが舞う格好の水辺となっている。

 そんな自然条件にも恵まれ、屋敷奥の庭には丹精こめた山野草がところ狭しと並ぶ。小さな鉢や季節に合わせ仕立てた草盆栽がそれこそ数え切れないほどあり、おだやかな「和」の風情に思わず感動。実のなるもの、葉のもの、花のもの、穂のなるものと、じっと見入ってしまうほど多種多彩だ。

「山野草は地味だけど、かわいいでしょ」。好江さんのその言葉通り、数センチほどの小さな葉がそよぐさまは見ているだけで心が洗われる。ワレモコウ、ウメバチソウ、ワタスゲ、矢車草、ヒメシャガ、変わったところではタヌキランなどなど、一つひとつ名前を教えてもらうとなおさら親しみも増す。
 
 長年草花を育てていると、どこからか種が飛んできて、そこに植えたはずのない植物がふと芽を出すことがある。いわゆる「飛び込み」も、好江さんの庭ではよくあること。 百姓用語で「共育ち」という言葉があるらしいが、野草は時に間借りをしてでも大勢の仲間と一緒にいるほうが幸せらしい。そんな時は、予想もしない自然からのプレゼントと受け止め、あえてそのままにして花の巡りを楽しむという。

▲屋敷の裏はこんな風情。まるで山居のたたずまい ▲くるくるとスパイラル状に伸びる葉が可愛いラセンイ ▲清楚なカラマツソウ ▲「一つひとつ見てるとそれぞれが美しいものを持ってる。それを見てやらないとね」

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心の元気を取り戻すきっかけに
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 12年前、ご主人が突然の交通事故で入院。長びく治療に好江さん自身気力を失いかけていたころ、山野草好きの友人から「やってみない?」と声をかけられた。自然の力を借りながら小さな草花の生命に寄り添っていくうち次第に心が癒され、気がつくとその愛らしさに夢中になっていたそうだ。
 今では年に2回、同好会の展覧会に出品するほどの腕前。店先や店内には、かかさず旬の草花を活け、花器となる備前焼も自らひねる。時々はグループでの山歩きにも出かけていくそうだ。

 忙しい仕事の合間をぬっての手入れ。昼間は水やり程度で、落ち着いて草に触れるのはどうしても夜になる。気がつくと深夜まで夢中になっていることもあるそうだ。それでも、毎年3月のお雛まつりの準備と山野草だけは、どんなに疲れていても楽しいと、好江さんは声を弾ませる。

 そんな好江さんに、山野草に親しむコツを聞いてみた。
「ルールなんて堅苦しく考えずに、最初はどんな土でもいいから好きな草花を植えてみればいいんですよ」。単植でもいいし、同じ季節のものや似た植生のものを選んで寄せ植えしてもいい。まさに心のおもむくままにだ。侘びさびに通じる風情より、大切なのは自然を愛し楽しむ心。鉢の中で年々変わっていくまさかの景色に出会えるのも山野草ならではの醍醐味という。

 自然の営みに耳をかたむけながら、心の安らぎを見いだす暮らしぶり。工夫と発見できっと日常は何倍も楽しくなる。私も達人にあやかり、手始めに小さな苔玉をテーブルの上にでも飾ってみようかな…。それだけでも心の景色がぐんと広がりそうだ。


▲さまざまなグリーンで構成される前田さんのお庭 ▲ユニークな草姿のウラシマソウ ▲庭だけではスペースが足らず、こんなところでも…

2004年6月1日


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