以前にも紹介したが、保存地区は町の西側を岡山県の三大河川のひとつである旭川が流れ、東側に通りと並行して家々の敷地内に用水が通っている。この「もうひとつの川」は表からはわかりにくいが、小さな路地の奥や家の裏手に進むと、ちゃんと生活の中で機能しているのがわかる。まるで別の隠し扉を開けるように、そこに意外な風景を発見できたりするのだ。
前田さんのお宅もいったん裏に回ると、表とは違う景色が開け、まるで山居のようなたたずまいに驚かされる。つきあたりに新緑の太鼓山がせまり、その麓を用水が流れる。せせらぎの音と、ときおりすーっと駆け抜ける細い風が心地よく、夏はホタルが舞う格好の水辺となっている。
そんな自然条件にも恵まれ、屋敷奥の庭には丹精こめた山野草がところ狭しと並ぶ。小さな鉢や季節に合わせ仕立てた草盆栽がそれこそ数え切れないほどあり、おだやかな「和」の風情に思わず感動。実のなるもの、葉のもの、花のもの、穂のなるものと、じっと見入ってしまうほど多種多彩だ。
「山野草は地味だけど、かわいいでしょ」。好江さんのその言葉通り、数センチほどの小さな葉がそよぐさまは見ているだけで心が洗われる。ワレモコウ、ウメバチソウ、ワタスゲ、矢車草、ヒメシャガ、変わったところではタヌキランなどなど、一つひとつ名前を教えてもらうとなおさら親しみも増す。
長年草花を育てていると、どこからか種が飛んできて、そこに植えたはずのない植物がふと芽を出すことがある。いわゆる「飛び込み」も、好江さんの庭ではよくあること。 百姓用語で「共育ち」という言葉があるらしいが、野草は時に間借りをしてでも大勢の仲間と一緒にいるほうが幸せらしい。そんな時は、予想もしない自然からのプレゼントと受け止め、あえてそのままにして花の巡りを楽しむという。
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