今期も蔵人たちが顔を揃え、今仕込みに入っている。
御前酒蔵元は、今年創業二百年を迎えるので、二百回目の仕込みというわけである。但し私がそれを見てきたのは嫁いできて以来61年間のことであるけれども、本当に活気に満ちた日々であったし、又それは今尚続いている。
戦中は造石数も制限され、凡て統制の世であったが、この酒造りの心意気はきっと昔のままであろうと、そのころの私は往年を偲んだものである。
午前12時、大釜に火を入れるため石炭をシャベルですくう音を聞きながら寝床に入っていると、酒造り唄が幽かに聞こえる。そして夜明けの空に大釜から蒸米を取る湯気が濛々と白く立ちのぼり、それは神秘的な風景であった。続いて蒸米の具合を見るために「ひねり餅」を作るのも早朝の行事の一つで、それを焼いて食べるのが子供達の楽しみであった。
こうして仕込みは始まるのであるが、蔵人だけでなく、家の者たちも共にこの季節は緊張して一緒に酒を造っているのだという気がしていた。酒袋の修繕(昔は柿渋で褐色になった革のように固い酒袋は圧力による破れが多かった)が、毎日のようにドッサリと居間に運び込まれ、それを女達が炬燵を囲んで太い糸で刺し縫いをし、又放冷用の大きな布をつないだり、技術指導の先生の宿泊を引き受けたり、忙しかったものだ。
|