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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題・蔵人のないしょ話・蔵からのメッセージなど、エッセイ風に皆様にお届けしていきます。
その四十(2003年10月1日)
    
 ちょっぴり引き際の悪かった今年の夏もようやく終り、朝夕の風に秋の訪れを感じる今日この頃。今月は久々に、のれんに誘われて、保存地区のお店を訪ねてみました。勝山の町並みの特徴はなんといってもこの「のれん」。住む人の思いを反映させ、町在住の染織家、加納容子さんが一軒、一軒心をこめてつくるのれんは、どれもオリジナリティにあふれ、見る人に豊かさと潤いを与えてくれるのです。

洋裁ひとすじ40年 【テーラーさとう】

 ザッ、ザッ、ザッー。業務用ミシンのリズミカルな音に誘われて、思わずのれんをくぐる。ミシンを走らせていたのはこの店の主、佐藤時子さん。
「仕立て屋にはどんな色が似合うかなって思いながらおまかせで作ってもらったん」というのれんは、紺地に大きな円の絞り染め。上品でおおらかなイメージは、時子さんの雰囲気とどこか重なる。
 
 夫婦で店を始めたのが昭和38年。その頃、背広はあつらえるのがあたり前だったそうだが、大量生産の波とともに今はほとんどが既製品。テーラーと呼ばれる技術職人さんも少なくなった。
 以前はご主人が紳士服で、時子さんは婦人服を担当。成人式や旅行といった晴れの節目に注文でよく仕立てたものだという。

「背広を一着仕立てると、それこそ20年はもつのにね」と笑うが、既製品を疎ましいとは思わない。むしろ「流行に合わせられるし、さっと直してすぐに着られていい」と、あっけらかんと言う。
 今はご主人亡き後、一人で店を開け、内職と直しの仕事をささやかにこなす。時代は変わっても、ミシン一筋の暮らしは変わらない。そんな職人さんの仕事が、今日もこの町には生きている。

▲のれんの横の木の看板は、時代劇の職人長屋を見て思いついた。クラシックで、どこかグラフィカル ▲「子どもたちは皆独立して家を出たけど私はここが大好き。ぜったい離れたくないわ」(笑)


粋な町家に珈琲の香り 【ぎゃらりー野田屋】

 麻布に本藍を使った山梅の図柄。夏の終わりに揺れる麻のれんは、なかなか粋で色っぽい。水の流れ、雲の流れにも似たブルーのグラデーションが、新しい格子戸の木肌ときりっと調和している。
 もともとの建物は、空家になっていた築100年の町家。数寄屋大工であるご主人が7カ月かけて改修し、昨年ギャラリーとして生まれ変わった。木造の質感と町家本来のスタイルをそのまま生かした空間は、懐かしくそれでいてモダン。床几といった町家建築ならではの仕掛けにも、大工職人の細やかな技が光る。

 毎日店を開けるのは妻の佳與子さん。店には、器やアンティークの小物を並べてるが、本業はうるしの仕事。持ち込めば、欠けた器や茶碗、傷んだ塗りものを、うるしできれいに修繕してくれる。
 持ち主が応急処置でつけた接着剤を時間をかけてはがすため、ものによっては数カ月。それを承知で預けた方も気長に待つ。
 
 建物といい道具といい、思い入れのあるものが人の手を経て蘇り、また大事にされることの意味を、ここに来るといつも教えられる。
「小さいときからものを大事にせぇ、言われてきたからね」。京都の実家から持ってきたという古い茶箱を「全然違和感ないねん」と言いながら今も大切に使っている。

「無垢の木ていうのは、水拭きすると光る。こういう木造のいい家は何年たっても木目がきれいに残るの。道具もおんなじ。使ってやると長持ちする。漆器もそうやね。しまいっぱなしにすると白っぽくなって、なんとなく顔色も悪くなる」。
 おいしい珈琲をいただきながら、そんな話しを聞くのはなにより楽しいひとときだ。
格子戸から差し込む光に包まれて、おだやかな「昼間の憩い」に心が満たされる。

「勝山は、曇ってても明るいねん」。
この町を佳與子さんはそんな風に言う。こだわりのない、あっけらかんとした呑気な雰囲気は、私もたまらなく好きである。
 それはきっと、この町のゆったりとした生活速度から生まれてくるものだろう。人やものと永く永くつきあうためには、長い目とゆとりが必要なのである。

▲のれんの山梅は、京都のご実家のかつての屋号 ▲大きな円いテーブルは、酒の仕込みに使われていた杉樽の底板。造り酒屋から廃材を譲り受け、ご主人が椅子とともにこしらえた


のれんに託す家族の思い 【石田精肉店】

 保存地区に軒を並べる商店のほとんどは昔ながらの対面商売だ。八百屋さん、自転車屋さん、和菓子屋さん、印判店に種苗店…
と、個性豊か。たとえ買い物の用がなくても、こんにちはと訪ねれば、皆一様に親切でおしゃべりがはずむ。店先は町の人にとってのフリースペースなのである。

 保存地区の中にある石田精肉店で、今どき珍しい「ブミンケース」に出会った。
精肉を冷蔵するいわゆるショーケースのことである。教えてもらって初めて名前を知ったが、下町の商店街育ちの私にとっては涙がでるほど懐かしい。昔のお肉屋さんの店先は必ずこのスタイルであり、はかり売りが原則だった。子どもの頃お使いを頼まれ、ガラスにはりついて品定めをしたものである。

「観光客の方からも、わー懐かしいってよく言われるよ。今はほとんどお肉はスーパだしね」。
 ご主人の盛政さんが店を始めて60年。先代が家畜商だったこともあり、勝山高校を出てすぐにこの仕事に就いた。
「専業でやってるところはうちを入れて2軒だけ。サバイバルじゃな」と明るくハイカラなことを言う。

 店先には、昨年の10月、双子の孫の誕生を記念して作ったというのれんが誇らし気に揺れる。紫の地に家紋である五三の桐。小さく隅に染めた「三姉妹」の文字に、孫の成長を心から願うご夫婦の愛情が感じられ、なんだかとてもほほえましい。
よくよく考えてみると、肝心の商売とは何の関係もない。でも、その家が一番大切にしているものを、のれんはこんなふうに鮮やかに形にして見せてくれるのである。

▲紫色がひときわ鮮やか。のれんをそっと分けると「ブミンケース」。レトロというより斬新ですらある ▲「写真を一枚」と言うと、こころよく店の前に出て来てくださった

2003年10月1日


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