矢谷さんのトマトには、おいしさの印である放射状の筋がしっかりと刻まれている。
丸かじりすると、甘いだけではない、野菜のもつ本来のコクがじんわりと広がる。
最近は、どれだけ甘いかを競う風潮があるが、矢谷さんがこだわるのは、それぞれの野菜の個性、野性的な香りや風味だ。
そのため、10年ほど前から炭素の力を応用した電子技法を導入。土や水を活性化させることで、収穫後も日持ちがよくなり、本来持っている、香りや風味が引き出されるという。
「農業はとにかくどのステージもおもしろいよね。一作ごとにテーマがあって、準備段階からもうワクワクする。種をまいて、それが発芽する瞬間なんかは、ものすごく魅力ですよ」。
さらに、「長い目で自然界の姿を見つめていると、ひとつのものがずーっと優勢であり続けることはない」と矢谷さんはいう。必ずそこにはライバルがあらわれ、共存しながら全体のバランスが維持できるようになっている。だから嫌われものややっかいものも、見方を変えれば、そこに必要だから存在していると…。
人間界でも同じことだな、とその言葉を聞いてふと思った。
「今年みたいに雨が続くと、虫も多く発生するんだけど、そこで農薬まくのは簡単。
でも自然のなりたちを見ていると、やがて回復するという面もある。いろんな条件はあるけど、なんとかもちこたえてくれるかなという思いで、作物に話しかけたり手助けをしてやったりというところかな…」。
ひと言ひと言、おだやかに話す矢谷さんを見ていると、農に生きる人の自然を見つめる深い愛情が伝わってくるようだった。
取材中、お母さまがお茶うけに出してくださった、自家製の桃のシロップ漬けのおいしかったこと。ここでは、作る喜びと食べる喜びが生活の中でしっかりとつながっている。おみやげにもらったたまねぎも、しゃきっと甘く新鮮そのものだった。
矢谷さんのトマトは確かにうまい。でも、その向こうにある風景を知れば、その味はもっと感動的になることうけあいだ。
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