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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題・蔵人のないしょ話・蔵からのメッセージなど、エッセイ風に皆様にお届けしていきます。

その三十九(2003年9月1日)
    
 勝山で夏の味覚といえば、清流旭川で釣れるアユ。塩焼きにすると、アユ独特のほろ苦さと香りが口の中に広がり、たまらなく美味である。しかし、地元の人間にしてみれば、これがあまりにも定番(なんという贅沢)。
もちろんおすすめにはかわりはないが、この時期、実はもうひとつ、地元勝山の料理人もうなるおすすめの逸品があるという。
「味が濃くてうまい」と誰もが口をそろえるその食材、実は地元の篤農家がつくっている「トマト」である。

 正式には「矢谷さんのトマト」が正しい。
とにかく、「トマトに限らず、矢谷さんの作る野菜はどれもおいしい」らしいのだ。
 矢谷さんとは、勝山の隣、久世町で農業を営む矢谷幹治さんのこと。ご本人で6代目というから、先祖代々農家の血筋である。

 さっそく、おいしいトマトの秘密と、その作り手の・人となり・を知るべく、太陽の照りつける8月のある日、自宅におじゃました。
 集落のある五反地区は舌状の台地という特殊な地形。その下を旭川とその支流である目木川の二つの川が流れ、日当たりと風通しに恵まれた肥沃な土地が広がる。
 矢谷さんによると、ここは狩猟時代の矢じりや土器などが多く出土し、危険から身を守る安全な土地として、古代、屯倉の役割も果たしていたそうだ。

 2haの農地は、水田、畑、茶畑、果樹園と多彩。「百姓だからなんでもつくる」というだけあって、風景がとても賑やかだ。
田んぼでは、青々とした稲の間をかきわけながら、合鴨たちが群れをなして泳ぐ。隣の桃園では、鶏たちが下草をついばみながら所せましと駆け回る。生き物たちがいることで、なんだか愉快な気分になる。

 農家にとっては嫌われものであるはずの雑草や虫も、ここでは仲良く共存。下草や害虫は鶏のエサになり、糞は土の栄養分になる。合鴨も、田んぼの中の害虫を食べ、さらには水中の泥を撹拌してくれる働きものだ。
 生態系を利用し、うまく循環させることで、農薬や化学肥料を不必要に使わずに済んでいる。生産性や効率とは無縁の、ありのままの自然の姿を大事にした矢谷さんのスタイルは、まさに「百の命を育てる」百姓の仕事そのものだ。

 実際、この地区は、矢谷さんのように少量多品種を手がける昔ながらの農家が多い。それだけ、なんでもできる土地ということだろう。各戸がそれぞれにこだわりを持ち、トマト名人やイチゴ名人といった一芸をもつ「匠」が多いのも特徴。先祖代々のDNAの力なのか、農業意識が高いのだ。



 矢谷さんのトマトには、おいしさの印である放射状の筋がしっかりと刻まれている。
丸かじりすると、甘いだけではない、野菜のもつ本来のコクがじんわりと広がる。

 最近は、どれだけ甘いかを競う風潮があるが、矢谷さんがこだわるのは、それぞれの野菜の個性、野性的な香りや風味だ。
 そのため、10年ほど前から炭素の力を応用した電子技法を導入。土や水を活性化させることで、収穫後も日持ちがよくなり、本来持っている、香りや風味が引き出されるという。

 「農業はとにかくどのステージもおもしろいよね。一作ごとにテーマがあって、準備段階からもうワクワクする。種をまいて、それが発芽する瞬間なんかは、ものすごく魅力ですよ」。

 さらに、「長い目で自然界の姿を見つめていると、ひとつのものがずーっと優勢であり続けることはない」と矢谷さんはいう。必ずそこにはライバルがあらわれ、共存しながら全体のバランスが維持できるようになっている。だから嫌われものややっかいものも、見方を変えれば、そこに必要だから存在していると…。

 人間界でも同じことだな、とその言葉を聞いてふと思った。
「今年みたいに雨が続くと、虫も多く発生するんだけど、そこで農薬まくのは簡単。
でも自然のなりたちを見ていると、やがて回復するという面もある。いろんな条件はあるけど、なんとかもちこたえてくれるかなという思いで、作物に話しかけたり手助けをしてやったりというところかな…」。
 ひと言ひと言、おだやかに話す矢谷さんを見ていると、農に生きる人の自然を見つめる深い愛情が伝わってくるようだった。

 取材中、お母さまがお茶うけに出してくださった、自家製の桃のシロップ漬けのおいしかったこと。ここでは、作る喜びと食べる喜びが生活の中でしっかりとつながっている。おみやげにもらったたまねぎも、しゃきっと甘く新鮮そのものだった。
 矢谷さんのトマトは確かにうまい。でも、その向こうにある風景を知れば、その味はもっと感動的になることうけあいだ。



2003年9月1日


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