保存地区にある食事どころ「郷宿」は、かつて、勝山藩の定宿だった由緒ある建物。この建物の中を水路が通っていると聞き、さっそく訪ねてみることにした。
案内してくださったのはご主人の兵江康男さん。もともとは隣の町内で店を開いていたが、平成6年に町民センター建設でここに引っ越してきた。長年の腕を生かし、自慢の天ぷらやアユ料理で客をもてなしている。
二間続きの座敷の奥に中庭があり、渡り廊下の下を用水が流れている。ぬれ縁に立つと端正な庭からせせらぎの音が聞こえ、なんとも涼しげだ。
「ついこないだまでホタルが飛んでました。サワガニが上がってきたりするので、小さなお客さんには喜ばれますが、実際は虫が入ってきたりでどねーにも…」と苦笑い。訪れる客にとっては、まるでオアシスのような美しい自然の空間だが、生活する側にとっては、水の音がうるさすぎて眠れないなど、不便なことも多いらしい。
築200年の時を刻む建物は、町並み保存事業の一環で町が譲り受けて修復。刀掛けや天秤棒など、宿として使われていたころの道具が今なお残る。
二階は、予約客のための板間で、ここは知る人ぞ知る穴場になっている。むき出した天井の梁やあたたかな蔵の雰囲気がいいと、京阪神からわざわざ足を運ぶ常連客もいるそうだ。
スイッチひとつの便利さに慣れてしまうと、季節の微妙な変化にも疎くなり、川や水といった天然資源へのありがたみも薄らいでいく。
「建物の古いたたずまいを生かすのに当初はクーラーもつけられんで…」とご主人はちょっぴり不服そうだったが、ここでなければ味わえない味覚と風情は、やはりなにものにも代えがたい魅力だ。
透明な川の水とせせらぎの音をすぐそばに感じられる生活…。自然を取り入れたこんな仕掛けを目の当たりにして、この町と川との結びつきを、いっそう強く心に思った。
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