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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。 |
伝統を継ぐ旧家の雛人形
〜春を呼ぶ「勝山のお雛まつり」〜
まだまだ真冬の寒さが残る2月初旬。とはいえ、立春を過ぎれば暦の上ではもう春。土の中の緑が芽吹く、そんなあたたかな春の予感に心なしか気持ちも弾む。
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3月に入ると、町は「勝山のお雛まつり」で一気に華やぐ。
城下町のたたずまいを残すここ勝山は、お雛さまのふるさとにふさわしい歴史と伝統の町。その美しい町並みを歩きながら、江戸、明治、大正、昭和、平成と、各家々に伝わるさまざまな時代のお雛さまたちを見て楽しめるとあって、期間中は、県内外から3万人もの人が訪れる。
そもそものきっかけは今から6年前。この町の旧家、辻家で、代々伝わる雛人形を自宅の奥座敷で訪れる人に公開したのが始まり。“雛まつりの風景を、子どもたちに伝えたい…”そんな智子夫人の思いが広がり、その翌年から町をあげてのおまつりになった。
美しく彩られたお雛飾りとそこに託された家族の思い…。きっとどこの家でも営まれていたであろう暮らしの中のまつりごと。それぞれのお宅の軒先や玄関の間に飾られた雛飾りに目をやりながら、誰もが懐かしい記憶を重ね合わせるに違いない。
そんな勝山のお雛まつりを一カ月後に控え、町中の家々はもとより、ここ辻家でも、趣向を凝らし、心をこめたもてなしの準備が始まっていた…。
御前酒蔵元、辻本店は200年にわたって続く勝山の旧家。与謝野鉄幹、晶子夫妻、谷崎純一郎、内田巌らもここを訪れ、数多くの文人、墨客と親交があったことでも知られている。
そんな客人を迎える座敷として使われたのが、屋敷の庭園に面した「如意山房」。
自然との調和が見事なこの端正な広間で、今年は雛人形と武者人形とを一緒にお披露目するという。ちょうど出し終えたところと聞いて、ひと足先に、ふたつの「節句」のしつらえを見せていただくことにした。
ガラスから差し込むやわらかな午後の光を感じながら障子を開けると、そこには辻家に伝わる雅びな品々とともに、調度品、衣装が並べられ、その数たるや相当なもの。「一つひとつ細かく桐の箱に入っていて、飾りつけには最低でも一週間はかかるんですよ」と智子さん。
時間と体力をつかってこそ、見て下さる方に喜んでもらえる…。伝統に対する誇りと、手間を決していとわないもてなしの心を見る思いがした。
有職故実にのっとった伝統の気品をたたえた雛飾り、愛らしい市松人形、端午の節句の飾り物である矢襖、武者人形、太刀等々…。金らんの豪華な人形衣装は時を経た今でも洗練された光彩を放ち、雛道具には、一つひとつにまで意を尽くした細工が施してある。
さらにもう一組の稚児びなの方は、そのあどけない表情といい、首をかしげた所作といい、引きこまれるほどに愛らしい。一体一体、今にも「動きそう」な人形に、手がけた名工の思いまでもが伝わってくるようだ。
そして、飾られた衣装や雛人形には、「◯代目長女、◯◯子、初雛」といったぐあいに、それぞれに持ち主の名前が記されている。
「家でみていただくと、これを所有していた人物の“ひととなり”みたいなものも、感じていただけるんじゃないかしら」と話すのは、飾りつけのお手伝いをされていた辻京子さん。
そこには、何代にもさかのぼる家族の系譜がある。
子どもの誕生と健やかな成長と幸せを願う家族の思いは昔も今も変わらない。格式と伝統の重んじる旧家の雛まつりは、さぞかし細やかで清々しく、そして和やかなものであったに違いない…、そんな想像に心の中であやかりつつ、素晴らしい名品の数々を堪能させていただいた。
3月1日から5日間にわたって開催される「勝山の雛まつり」。お雛さまにさまざまな思いをいっぱいに詰め込んで、今年も小さな城下町が春一色に染まる…。
▲雛飾り、武者人形は、いずれも人形制作の老舗、京都・丸平大木人形店のもの。江戸時代以降、宮中や大名家はもとより、各宮家、華族、財閥の名家の間で愛されつづけてきた。これを持つことは、ひとつのステイタスシンボルでもあり、辻家の格式がうかがえる。
2003年3月1日
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