のれんの向こうがわバックナンバー


 その三十三

ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。

伝統を継ぐ旧家の雛人形
  〜春を呼ぶ「勝山のお雛まつり」〜


 まだまだ真冬の寒さが残る2月初旬。とはいえ、立春を過ぎれば暦の上ではもう春。土の中の緑が芽吹く、そんなあたたかな春の予感に心なしか気持ちも弾む。

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 3月に入ると、町は「勝山のお雛まつり」で一気に華やぐ。
城下町のたたずまいを残すここ勝山は、お雛さまのふるさとにふさわしい歴史と伝統の町。その美しい町並みを歩きながら、江戸、明治、大正、昭和、平成と、各家々に伝わるさまざまな時代のお雛さまたちを見て楽しめるとあって、期間中は、県内外から3万人もの人が訪れる。

 そもそものきっかけは今から6年前。この町の旧家、辻家で、代々伝わる雛人形を自宅の奥座敷で訪れる人に公開したのが始まり。“雛まつりの風景を、子どもたちに伝えたい…”そんな智子夫人の思いが広がり、その翌年から町をあげてのおまつりになった。
 美しく彩られたお雛飾りとそこに託された家族の思い…。きっとどこの家でも営まれていたであろう暮らしの中のまつりごと。それぞれのお宅の軒先や玄関の間に飾られた雛飾りに目をやりながら、誰もが懐かしい記憶を重ね合わせるに違いない。

 そんな勝山のお雛まつりを一カ月後に控え、町中の家々はもとより、ここ辻家でも、趣向を凝らし、心をこめたもてなしの準備が始まっていた…。
 御前酒蔵元、辻本店は200年にわたって続く勝山の旧家。与謝野鉄幹、晶子夫妻、谷崎純一郎、内田巌らもここを訪れ、数多くの文人、墨客と親交があったことでも知られている。
そんな客人を迎える座敷として使われたのが、屋敷の庭園に面した「如意山房」。

 自然との調和が見事なこの端正な広間で、今年は雛人形と武者人形とを一緒にお披露目するという。ちょうど出し終えたところと聞いて、ひと足先に、ふたつの「節句」のしつらえを見せていただくことにした。

 ガラスから差し込むやわらかな午後の光を感じながら障子を開けると、そこには辻家に伝わる雅びな品々とともに、調度品、衣装が並べられ、その数たるや相当なもの。「一つひとつ細かく桐の箱に入っていて、飾りつけには最低でも一週間はかかるんですよ」と智子さん。
時間と体力をつかってこそ、見て下さる方に喜んでもらえる…。伝統に対する誇りと、手間を決していとわないもてなしの心を見る思いがした。

 有職故実にのっとった伝統の気品をたたえた雛飾り、愛らしい市松人形、端午の節句の飾り物である矢襖、武者人形、太刀等々…。金らんの豪華な人形衣装は時を経た今でも洗練された光彩を放ち、雛道具には、一つひとつにまで意を尽くした細工が施してある。
 さらにもう一組の稚児びなの方は、そのあどけない表情といい、首をかしげた所作といい、引きこまれるほどに愛らしい。一体一体、今にも「動きそう」な人形に、手がけた名工の思いまでもが伝わってくるようだ。

 そして、飾られた衣装や雛人形には、「◯代目長女、◯◯子、初雛」といったぐあいに、それぞれに持ち主の名前が記されている。
「家でみていただくと、これを所有していた人物の“ひととなり”みたいなものも、感じていただけるんじゃないかしら」と話すのは、飾りつけのお手伝いをされていた辻京子さん。
そこには、何代にもさかのぼる家族の系譜がある。
 子どもの誕生と健やかな成長と幸せを願う家族の思いは昔も今も変わらない。格式と伝統の重んじる旧家の雛まつりは、さぞかし細やかで清々しく、そして和やかなものであったに違いない…、そんな想像に心の中であやかりつつ、素晴らしい名品の数々を堪能させていただいた。

 3月1日から5日間にわたって開催される「勝山の雛まつり」。お雛さまにさまざまな思いをいっぱいに詰め込んで、今年も小さな城下町が春一色に染まる…。

▲雛飾り、武者人形は、いずれも人形制作の老舗、京都・丸平大木人形店のもの。江戸時代以降、宮中や大名家はもとより、各宮家、華族、財閥の名家の間で愛されつづけてきた。これを持つことは、ひとつのステイタスシンボルでもあり、辻家の格式がうかがえる。

2003年3月1日



 その三十二

ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。

杜氏と蔵人の心と技が織りなす酒づくり
  〜大吟醸の仕込みを訪ねて〜


 正月が明け、寒さが厳しさを増してくると、蔵はいよいよ大吟醸の仕込みに入る。それと同時に、この時期には、お釜まつりや、京都・松尾大社への参拝など、代々受け継がれて来た大切な年中行事も行われる。酒の神である松尾様に、一同揃って酒造りの安全成就を祈願するのが例年の習わし。
仕込み中は神様が舞い降りてくるのか、はたまた、蔵人たちの固い絆のあらわれなのか、凛とした活気と神聖な気配とがいつも隣り合わせだ。

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 1月の後半、今年の仕込みの様子を見せてもらうため蔵を訪ねた。連日早朝からフル稼動する蔵の中は、さすがにきびきびと引き締まった空気に満ちている。それにも増して、発酵途中の醪のなんともいい香りが鼻をくすぐる。

 大吟醸の麹づくりが始まるというので、特別に麹室(こうじむろ)に案内してもらう。ここは、普段外部の人はあまり出入りできない酒造りの心臓部。天井も壁も床もすべて杉の木でつくられた小さな一室だ。室内の温度は30度ほどに保たれ、蔵の中ではここだけ常夏である。中では、おやっつあんこと、この道45年の原田杜氏と、上半身裸の蔵人が2人。ちょうど種麹の植えつけ作業を行っているところだった。揉み床に広げられた蒸米は、大吟醸用の山田錦。35%の極限にまで磨かれた粒は、さすがに真っ白で、けむる湯気の中で輝いてみえる。

 外光も、騒音も、完全に遮断された密室は、時おり除湿のためのファンが回るものの、まさに静寂そのもの。「一麹、二もと、三造り」と言われるように、酒づくりの中でももっとも重要なこの場所で、微生物たちは静かに営みを開始する。その小さな息づかいに耳をそばだてるように、蔵人たちは細心の注意を払い、菌糸がうまく米粒の内部にむかって殖える(はぜこみ)までの二昼夜、つきっきりで操作を行うのだ。

「今年は米の出来がええです」。蒸し米を手にしながらおやっつあんがさらりと言う。気さくで謙虚な人柄は、いつお会いしても印象が変わることがない。腰からすっと背筋が伸び、ふとした動きひとつにも無駄がないのはまさに心身一如というべきか。修練を極めた名杜氏の横顔はいつも静かな気迫に満ちている。

そんなおやっつあんに、ずばり良い酒とは?とたずねてみた。 「よく言われることですが、やはりこくがあってキレがいいこと。くどいようではいけないし、うすっぺらい酒でもいけない」。

 毎年米の出来が違うように、仕込みも年ごとに変わる。水の強さや温度、米の性質を的確に見抜き、その時々によって処理の仕方を変えていくには、長年の経験と鋭い勘が必要だ。条件の違いに応じて、ここでどう操作すれば思うような酒になるか、その手数を知っとくのが、いわば杜氏の役目だと原田さんは言う。

 それにしても、吟醸造りは数値や理論では推し量れないほど奥深い。原料処理にいたってはまさに秒単位。時にはギリギリの選択をせまられる場面にも直面し、逆に複合発酵ゆえに思いがけない相乗効果が生まれ、信じられないような酒が生まれることもある。まさに一人一芸の心と技がモノをいう世界だ。

さて、麹室を後にし、楽しみにしていたしぼりたての純米酒を飲ませていただくことにした。
最盛期であるこの時期は、毎日のように新酒がくみ出される。
顔がかくれるほどの大きなひしゃくですくって、直接口にもっていく。原酒ならではのコク、豊かなふくらみ、そのあとにふわーっと広がる香り、かすかに舌に残る炭酸のここちよさ。なんという贅沢な液体だろう。まさに「うまい」のひとことに尽きる。

蔵人さんたちが、こぞってこの酒をのませたがるのがわかる気がする。本当にうまい酒ができた時の感動はなにものにも代えがたく、毎日の重労働の疲れもこの一瞬でふっとぶという。
杜氏と蔵人たちが心をひとつにして打ち込む酒づくり…。タンクの中では、そんな人々の思いがいっぱいにつまった数々の美酒が、今日も出番を待っている。

【編集後記】
早いもので、このコーナーの連載もいよいよ3年目に突入。これまで続けてこれたのも、ひとえに蔵の方たちのあたたかなご協力と、このホームページを読んでくださるみなさんのおかげと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
今月はどんな風に話題をお届けしようかと、内心(!)頭を悩ます日々ですが、美しい日本の姿があちこちにちりばめられている勝山は、まだまだ魅力がいっぱい。そのつど新しい発見があるのも事実。酒づくりも同様、知れば知るほど奥深い世界に魅了されっぱなしです。
今年もまた、二百年の歴史を刻む造り酒屋、辻本店を舞台に、酒づくりの様子や、伝統の行事などをご紹介できればと思っています。ちょっぴり大人の・粋・も意識しつつ…。というわけで、今後ともどうぞよろしくおつきあいください。

2003年2月1日



 その三十一

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伝統に、新しい風を取り入れて
  〜新年を祝う門松づくり〜


 2002年も残すところあと1週間という12月の終り。毎年この時期になると、蔵は年越しの準備で活気づく。
社員総出による恒例の餅つきが終った翌日、西蔵で新年に飾る門松をつくるというので、今回、その様子を訪ねてみることにした。

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 門松といえば、新年のおめでたの象徴。歳神様を迎える依代(よりしろ)として家の門口に立てられる。最近では、本格的なものとなると、神社や料亭、あるいは酒蔵などでしかお目にかかれないが、青々とした松葉の間から3本の竹がすっと伸びる風情はなんともイキで、見ているだけで清々しい気持ちになれる。

 この日、門松づくりに挑むのは、西蔵で現在修行中の若き七代目(にあたる)、辻総一郎さん。作業場となる駐車場の一角にはすでに、山から切り出してきた竹や松、庭の南天、土台になる酒樽などの材料一式が用意されていた。

 その中にひとつ意外なものを見つけた。なんと大きな・流木・である。
普通、門松には使わない素材だけに、どうするのかと思いきや、「これ(流木)をメインにしてちょっとおもしろいものをつくろうと思って」と総一郎さん。湯原温泉のダム湖で見つけ拾ってきたという。
「自然の姿をなるべく生かすのが僕のやり方ですね。形はそのあと考えるっていうか(笑)」。

 今回の門松づくりは、蔵で働く先輩から作ってみないかと声をかけられたのがそもそものきっかけ。どうせ作るのならモダンな西蔵にふさわしく、オリジナリティがあってお客さんにも喜んでもらえるものをと考えたらしい。
 それにしても、流木を門松にアレンジするなんて洒落ている。こうなるとちょっとしたアートだ。

 もともと門松には、こうでなくてはと決まった形があるわけではなく、実際には地方によって飾り方がいろいろあるようだ。いずれにせよ基本となるのは「松竹梅」の構成で、つまり常磐をあらわす常緑の「松」、すくすくと真直ぐに伸びる「竹」、高潔や清らかさを意味す「梅」、もしくは難を転ずる「南天」といった自然のものを使いおめでたさを象徴すればよいようだ。
 昔ながらの鳶職がつくるトラディショナルな門松でなくても、その土地の常緑樹や赤い実を使って美しく手作りされたものなら祭神様も大喜びだろう。

 師走の空の下、さっさく作業開始。まずは、主役の流木を固定するため、酒樽に土を盛るところからスタート。土台に鉢ではなく酒樽を使うところが、さすがに気が効いている。
 次に、流木に垂らす松玉をつくる。あらかじめ球型に形作ったワイヤーに、適当な長さに切った松葉を次々に差し込んでいく。まんまるな形に切り揃えるのが簡単そうでむずかしい。以前、本格的な杉玉づくりを経験した時はずいぶん苦労したそうだ。ちなみにこの松玉の発想も、もちろん総一郎さんのオリジナルである。

 お次は組立て。流木の複雑な形を生かしつつ、その間に3本の竹を立てる。これが真直ぐに立たないとさまにならない。

土台が出来上がると、あとは一気である。松葉や赤い南天を、バランスを見ながら配置していく。結局午前中から始めて、3時ぐらいに完成。初めて作ったとは思えないほどの出来ばえである。
「ここに住んでいるからには、ここでしかできないものを作らないと…」と、本人もなかなか満足げ。

 総一郎さんは、昨年5月東京からUターンして、ここ勝山に帰ってきた。今は、西蔵で主にデザートづくりを担当している。今どきの若者といった都会的なルックスとは逆に、手先が器用でずいぶん自然を扱い慣れている感じだ。子どもの頃から勝山の川や野山に親しんだせいか、今でも裏山にはよく登る。いろんな木々を見て歩くだけでも飽きないそうだ。
「田舎でしか学べないことはたくさんあると思う。東京で生活して、あらためて勝山のよさがわかるようになりました」。

将来は蔵をしょってたつ存在。地元の風土や文化、食、そしてものづくりの精神…、それら酒づくりに通じるすべてのものを学ぶため、今はとにかくさまざまなものに触れ、経験と目を養っているところだという。

そんな総一郎さんが作った門松は、お正月6日ごろまで、西蔵の門口にお披露目される予定。白いなまこ壁に現代風にアレンジされた門松が美しく映え、目を楽しませてくれる。

     2003年1月1日


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