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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。 |
新蕎麦と落語、そして昼酒で大人の粋な憩いを満喫
〜西蔵での「蕎麦の会」〜
新蕎麦の香り立つ11月。この時期、毎年勝山で開かれる催しのひとつに、御前酒のレストラン「西蔵」が主宰する「蕎麦の会」がある。
うどん文化圏・岡山にあっては珍しく(勝山は蕎麦好きが圧倒的多数)本格的な江戸切り蕎麦が味わえる上、落語と美酒でもって粋なひとときを楽しもうというのだからたまらない。昨年参加しすっかりその道(!?)に開眼してしまった私は、今年も是非にと、るんるん気分で予約を入れた。
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当日は、11月のはじめにしてはめずらしく日本海側で雪がふり、勝山でも真冬なみの寒い一日となった。きゅっと身がひきしまるような山間の空気が、酒蔵のある町、勝山にはよく似合う。おいしい水と澄み切った冬の空気が、きれいな酒を醸すのだ。
さっそく、11時の開場とともに西蔵の二階座敷に上がり込む。すでに何人かが、銘々おざぶに腰を落ち着けなごんでいる。9回めともなると、毎年楽しみに参加される常連さんも多いようだ。
二百年もの時を刻んだ蔵の内部は、いつ訪れてもまるで胎内にいるように居心地がいい。どっしりとした欅の大黒柱や松の大梁から発せられる気に、あたたかく包み込まれているようだ。
やがて、調子のいい出囃子に乗って真打ち登場。円楽一門の一番弟子にあたる三遊亭鳳楽師匠は、古典落語界の中でも噺一筋の本格派。品のよさと切れのいい江戸言葉がなんといっても持ち味だ。
まずは、今の時代にもそこかしこにいるおかしな酒呑みをマクラで軽やかにやり、やがて本題へ。いったん話に入るともうそこは江戸の世界。笑わせつつも、みっちりと芸でもってきかせてくれる。
この日の話は、八五郎の言い訳と酔っぱらいぶりがなんともおかしい「猫の災難」。くいっ、くいっと酒を喉に流し込む仕草なんざ実に見事で、八五郎が酔っぱらっていくにつれ、演じる鳳楽師匠の顔もだんだんと赤くなっていくほどの名演技。見ているこっちまで酔っぱらってしまいそうになる。
普段高座を見る機会がないせいか、こうしてライブを目の当たりにすると、落語の面白さ、芸能としての完成度の高さに改めて感動する。やっぱり落語は生がいい!加えて、古典落語に出てくる酒は、やっぱ日本酒でなくっちゃ。ビールやウイスキーでは、さまになんないことしきり…。
酒呑み気分を味わい、すっかり緊張感もほぐれたところで、お次はお待ちかね、新蕎麦の登場だ。お馴染み、蕎麦職人・清水敬紀さんが、宮崎から蕎麦道具一式をかかえ腕をふるう。
いつものように、食前酒としての「蕎麦前」でまず一献。大吟醸の華やかな香りを楽しみながら、先付けの柿生酢、ハエ甘露煮、そばもやしの3品盛りをつつく。続いて、そばがき、そば焼き味噌、そばとろろ。ついでに玉子焼きも注文。どれもこれも憎いほどに行き届いた味わい。蕎麦切りが出てくるまでの時間、こうしてつまみでちびちびやるのが、なんとも贅沢で楽しい。
だんだんとほろ酔になりお腹もふくれ、そうこうしているうち、締めのせいろが運ばれてきた。今年の清水さんの新蕎麦は、長野県産と茨城県産をブレンドしたもの。むろん蕎麦粉100%の生粉打ちである。「走り」とはいえ味が濃いのに驚く。新ソバならではの繊細な香りとしゃきっとした歯ごたえ。すべてがひとつに凝縮されたうまさに背筋がのびる。
もともと蕎麦は庶民の食べ物。とはいえ、美食の頂点を極めれば蕎麦にたどりつくと言われるほど、洗練された奥深さがある。
ねぎやわさび、大根おろしといった、蕎麦には欠かせない薬味も、ぴりっと心地よい刺激をもたらして実にさわやか。しあげにあつ〜い蕎麦湯をつゆに注ぎ込んでふーふーしながら飲めば、からだ中があったまり、お腹もすっきりと落ち着く。
一連のもてなしに身をまかせていると、すっかりくつろぎ、よし、明日もがんばれるなどと、ひとまわりおおらかになったような気にさえなるのだ。
それにしても、この会は、一度はまると病みつきになる。今まで知らなかった世界の扉を開けてしまったような感覚だ。粋な笑いと昼酒でいい気分になって、お初の蕎麦をたぐる。特に午後の会は、日がまだ明るいということもあって、「楽しむ」というよりむしろ「憩う」という言葉がぴったりくる。お湯にでもちゃぷんとつかりにいくような、ささやかでいて贅沢な至福のひとときだ。この時ばかりは、日本人で良かったと心から悦に入る。大人の贅沢とはきっとこういう愉しみを指すのだろう。こんな風にさりげなく楽しめる場が、もっと日常にあればいいのにと思う…。
西蔵を出て、しばらく酔いをさまそうと時間をつぶしていたら、ひと仕事終え、ひょいと表に出てこられた清水さんにお会いした。
「どうでした? 今年の蕎麦はなかなかよかったでしょ」。
「はい、とっても」。
響きのよい声に送られ、今年もまた、幸せなひとときを堪能できたと、感謝の気持ちでいっぱいになるのであった。
2002年12月1日
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