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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。 |
酒蔵の風習を今に伝える風物詩
〜正月を迎える暮れの・餅つき・〜
2001年も残すところあと一週間となった師走の日曜日。例年なら、雪が降ってもおかしくないこの時期、勝山はこの日朝から快晴に恵まれ、まぶしいほどの陽射しに包まれていた。澄み渡った冬空に、酒蔵の煙突から仕込みの湯気が立ちのぼる。米を蒸すかすかな甘い香りが風にのって運ばれてくる。冬至を過ぎると、酒造りはいよいよ最盛期を迎える。米袋を崩れ落ちそうなほどにどっさりと積み込んだトラックが蔵の通用門へと入っていく。
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保存地区の一角にある西蔵の前では、御前酒の蔵元をはじめ、社員の人たちや町内の有志20人ほどが集まって、正月に食べる自家用の餅つきの準備にとりかかっていた。来る途中、商店街の入り口で見たクリスマスツリーとは対照的に、こちらはもうすっかり年の瀬の様相である。
創業二百年の伝統を誇るここ御前酒の蔵では、かつては住み込みの蔵人達が大勢いたため、暮れになると男衆が総出で餠をつくのが習わしだったそうだ。こさえる餅も今よりも多かった分、町の風物詩として、ずいぶんと活況を呈していたらしい。その頃の威勢のいい光景を、今でも当主や町の人たちは懐かしく語る。 「子ども心にも覚えてますよ。6人がかりで石臼を囲み、一気につきあげていく。これがすごかった…」。 近年になって、正月に里帰りする蔵人が増えたことから一時はその風習がとだえたものの、最近になって復活し、ここ数年は暮れの24日ごろに毎年行なわれているのだ。
さて、この日つくのはもち米約一俵(60kg)。蒸し上がったニ升ずつの米を、男衆が交代で杵を振るう。どんな力自慢でもビクリともしそうにない堂々たる石臼は、この蔵に代々受け継がれてきたものだろう。 「それっ」 「よっ」 「まだか」 「まだまだ」 かけ声でリズムをつくるも、これがなかなかの体力勝負。それでも毎年のこととあってチームワークも抜群だ。つきあがった餅は、おかみさん連中がすばやく受け取り、小餅やあん餅、のし餅などにこさえていく。かわいらしいエプロンに三角巾で身じたくした子どもたちもお手伝いに参加。ダウンジャケットを脱いで、さっそく私も腕まくりをして加わらせてもらった。
蒸籠(せいろ)から立ち上る湯気とあたたかな日射しの中で、杵をつく男衆と餅とりのおかみさんたちの共同作業が続く。餅をつく家が年々減っていく中、こうして近所の人たちが仲良く集い、ハレの日の準備を進める様子は、実にのどかでほほえましい。
蔵見学に訪れた観光客たちも、そんな珍しい光景に誘われるように、次々に足をとめてのぞきこむ。ふるまい餅ではないにもかかわらず、中には豆餅のあんこ入りをちょうだい!などと言い出す奥様もいたりするからおかしい。そんなわがままな(?!)注文にもおかみさんたちは嫌な顔ひとつもせずに、はいはいと面倒見よく応じている。それどころか、そんな彼女たちの顔色を察しては、「おひとつどうぞ」と気さくに声をかけていく。
「おいしいわねー」と、ぬくぬくを頬ばりながらどの顔も満面の笑み。 「おいしいでしょう、つきたてだからね、こっちの方もどうぞ…。」 「ありがとう、ごちそうさま」。 おいしいものは、やっぱりみんなで分かち合うのがスジってぇもんなのだ。
正午を過ぎ、予定の分量がだいたいつき終わろうかという頃、おかみさんたちがすみやかに人数分のお椀を用意し始めた。どうやらとっておきのごちそうがあるらしい。これからがお楽しみなのよ、とばかりに、椀の中に醤油とねぎ、それにたっぷりの大根おろしを注ぎわける。
毎年もちつきの最後は、お疲れさまを兼ねてみんなで・からみ餅・(&酒)を食すのが通例らしく、これが実にお目当になるくらい「うまいもの」だというのだ。お湯をはった大鍋に、どぶんと移された餅はさながら湯豆腐のよう。これをお玉ですくって、腕の中で大根おろしをからめて食べる。コシがあるのになめらかでとろけるような食感。手搗きで、しかもつきたてでなければ絶対に味わえないこたえられないおいしさである。勝山の人は、なんでいつもこうおいしいものを知っているのだろう、とまたしても感動。お腹にやさしくいくらでも食べられるのは、作り手の顔がみえる安心感と出来たてのなせる技だろう。ほんの少しのお手伝いながら、おいしいご褒美までをちょうだいし、小春日和の午前中、気持ちのいい師走の休日を満喫することができた。 ♪もー、いーくつ寝るとーお正月♪ 家の中がちょっとづつきれいになり、米びつのお米がいつもの倍になる…。そんな子どもの頃のわくわくするような年末の記憶がなぜかふと蘇ってきた。
ちなみに岡山県北、勝山地方のお正月のお雑煮は、丸餅に塩締めにした鰤(ぶり)を茹でて入れるのが特徴。あとはほうれんそう、にんじんなどをあしらい、おすましもしくは、味噌仕立てでいただくのだそうだ。一般的に鰤を焼いておすましに入れる岡山県南のお雑煮にくらべて上品な感じがして、いかにもこの地方の風土を物語っているように思う。
編集後記
平成13年の2月から、この連載を担当させていただくことになって早や1年。 かわら版「のれんの向こうがわ」は今年の5月にリニューアルし、創刊から数え今月で19号目を迎えます。 今日はどんな風景や人に出会えるかな、そんな思いで毎月勝山を訪れ、そこに暮す人たちの生活のひとこまを、手探りで紹介してきたわけですが、実は生来の人見知りもあって、今だに緊張の連続(!)。とはいえ、この間少しずつですが、顔見知りも増え、町の人から声をかけられたりと、うれしい手ごたえも感じられるようになりました。 今年も、勝山の催事や酒造りの現場、そこに住む人たちの暮しぶりなどを、レポートしていけたらと思っています。また一年、よろしくお願いいたします。
2002年1月1日