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ここ美作の国にまつわるお酒の話や町の話題、蔵人の内緒話、蔵からのメッセージなどエッセイ風に皆さまにお届けしていきます。 |
落語と蕎麦とお酒で一興…
〜西蔵での「蕎麦の会」を訪ねて〜
秋も深まり、おいしいもの、面白そうなものがやたらと目につく季節である。せっかくなら、勝山ならではの粋な風情を楽しみたい。というわけで、今回は御前酒のもうひとつの蔵、『西蔵』が主催する「蕎麦の会」に出かけてみることにした。
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今年8回目を迎えるこの会は、毎年新蕎麦のでる11月に行なわれている恒例イベント。噺家の三遊亭鳳楽さんと、蕎麦名人、清水敬紀さんを招き、落語と新蕎麦、そしておいしいお酒を楽しもうという、まさに三拍子揃ってのうれしい趣向なのである。
昼の部に申し込み、午前11時の開場とともに、『西蔵』の2階の座敷に靴を脱ぎ上がりこむ。欅の大黒柱と松の大梁に支えられた重厚な蔵の内部に、現代感覚を取り入れた独特の空間は、まさに高座にはおあつらえむきの舞台だ。
「えー、酒呑みには〜上戸といわれる人達がいまして…」と、さっそく酒にちなんではじまるマクラ。思わず「いるいる、そういう人」と誰もが喜ぶ名調子。身ぶり手ぶりに引き込まれ、会場はわっとなごやかな雰囲気に包まれていく。
演じる鳳楽師匠は、円楽一門の一番弟子にあたり、古典落語界の中でも噺一筋の本格派でもある。きりっとした顔つきと端正なたたずまい。ネタの多さもさることながら、その完成度の高さは、通人にも一目置かれる噺家さんの一人だ。
とにかく落語には、酒にまつわるネタが多いらしい。まずは親父さんと倅の酔っぱらいぶりが最高に可笑しい『親子酒』の一席。続いての、6代目横綱をはった阿武松緑之助という力士の実話をもとに作られた噺もこれまた実に愉快で、あっという間に時間が過ぎていく気がした。
それにしてもなんともいえない江戸言葉の歯切れのよさ。しっかり笑わせてもらいつつ、ついでにものしりになったような得した気分までもが味わえるのは、語り継がれた古典芸能のなせる技だろうか。
もともと落語に登場するのは、どこにでもいそうな市井の人々。情けないけど憎めない愛すべきキャラクターばかりだ。基本的に弱者が主人公だからストーリーもあたたかい。でも深い部分で人間の本質をついていて、本当にこんなよくできた話、楽しまない手はないと、素人ながら思ってしまう。もちろん身ぶり手ぶり、表情、声色、間合い…、演じる噺家さんの芸に酔いしれることは言うまでもないが。
さてさて、落語のあとは、お口の楽しみ新蕎麦の登場だ。腕をふるう蕎麦職人の清水さんは、もともと宮崎で蕎麦屋を開業なさっている。自慢のせいろは、並粉をつなぎなしで打った蕎麦粉100%の生粉打ち。その年ごとに厳選した国内産の玄蕎麦を、自家で石臼で挽くというこだわりを「あたりまえ」のごとく貫いているのもさすがである。
食前酒としての「蕎麦前」でまず一献。
先附けの蕎麦もやし、地鶏粕漬け、蕎麦雑炊などに続いて、割った竹に塗り付けた蕎麦焼き味噌が出される。飲める人ならこれで軽く2合はいけるだろう。蕎麦を待つ間、純米吟醸の3年古酒をぬる燗で頼み、なめなめ、ちびちび…という按配。
江戸の昔、もともと蕎麦は、食事というよりも、煙草や珈琲のような嗜好品として食されていたそうだ。蕎麦食いに行こうといえば「茶店に行こう」みたいな感覚だったらしい。江戸前の蕎麦は、うんと待つわりに、さっと食べてスッと帰るのが粋である。挽きたて、打ちたて、茹でたてがなんてったって一番おいしいわけだから、待たされる方も心得たものだ。
お酒も空いてちょっと手持ちぶたさになった頃、ようやくメインの「鴨せいろ」が運ばれてきた。落語でもってすっかり緊張もほぐれ、すでにほろ酔い状態で体はでれーっとゆるんでしまってる。が、おもむろに鴨南の熱い汁をすすり、冷たい蕎麦といっしょに口に入れた瞬間、思わずしゃきっと目がさめた。
「うまいっ」。誰だって思わず口について出るくらいのうまさである。合鴨特有の滋味濃厚なつゆ、広がるネギの香味、そして、きりりと角のたった洗練された蕎麦の喉ごし…、なんだかキュンとするような感動である。「しあわせ〜」という以外の何者でもない。
すべての工程に職人の清水さんの蕎麦に対する愛情が注がれていて、ていねいな心配りと技を感じさせてくれる。それら一つひとつのこだわり、すなわち楽しむ心に感謝の気持ちでいっぱいになる。
ひと口食べたら、後はもう箸が止まらない。ひたすら一途に蕎麦をたぐり、その豊かな風味を味わうだけだ。そして最後は、蕎麦がきをクレープで包んだような菓子で締めくくり。自然の甘味だけが、さっと口に広がり消えていく。
いつものように、西蔵は大人のための贅沢な時間が流れていた。夜の会食もいいが、たまにはこんな小粋なシチュエーションで昼酒を楽しむのもいい。大人を磨く「上質の憩い」を味わうためにも。
おいしいお酒を楽しむ術を知り、落語が好きで蕎麦が好きとくれば、少なくとも熟年を過ぎて虚脱感でいっぱいなんてことにはならないですむ。自然体でこざっぱりしていて、なおかつ遊び心をもった大人になれるのはいつの日か…。そう考えると、年を重ねるのも悪くないなあと思う。感謝の気持ちで、また来年のこの会を楽しみにしようっと。
2001年12月1日
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