私が蔵に入ってからは、原田杜氏につきっきりで酒造りのことを習いました。
仕込みの時期は家族の誰よりも一緒に過ごす時間が長いな、と言って二人でよく笑っていました。
その中で、「能ある鷹は爪を隠す」とはこの人のことだなと、ずっと思っていました。
原田杜氏は、いわゆる「頑固一徹の職人」とは違い非常に気さくな方で、造りのこともひとつひとつ丁寧に隠すことなく教えてくれました。杜氏の仕事というのは、体力的にも厳しい仕事ですが、精神的なプレッシャーも多く非常に大変な仕事です。しかし、原田杜氏はそんな大変さを全く感じさせない人でした。怒ることは全くなく、休憩時間も蔵人と一緒にテレビを見たり、原田杜氏が冗談を言ったりして笑いの絶えない会集場(休憩場)でした。
しかし、夜になり蔵人が帰った後で、夜の作業の合間にひとり土間を掃除したり、冷え込みそうな夜はタンクに保温マットを巻いてやったり、帳面をつけたり、酒造の本を読んで研究したりと、良い酒ができるための努力を惜しまない姿は、頭が下がる思いでした。
また、いい酒を造るため、道具や仕込方法の改良を常に怠らない人でした。毎年同じ方法では進歩がないと、毎年新しいことにいくつも挑戦していました。亡くなる1年前は入院生活が長かったのですが、その病床でも次の年の仕込みのアイディアをいくつもノートに書きとめていました。その酒造りに対する情熱には、敬服の外はありません。
御前酒は今年で創業204年ですが、そのうちの46年、ほぼ半世紀以上の間、酒を造り続けた原田杜氏。まさに今の御前酒があるのは原田杜氏のおかげです。その原田杜氏の技を引き継ぎながら、常に新しいことに挑戦する原田杜氏の意志も受け継いで、いい酒を造っていきたいと思っています。(杜氏 辻麻衣子)